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横浜地方裁判所 昭和55年(行ウ)18号 判決

原告 小林園子

被告 相模原税務署長

代理人 平賀俊明 佐々木正男 石井宏 横山邦男 ほか二名

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が昭和五二年八月三一日付でした原告の昭和四九年分の所得税に関する再更正処分のうち課税所得金額九三万三〇〇〇円をこえる部分及び過少申告加算税額を五万六〇〇〇円とした加算税賦課決定処分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の申立

主文と同旨。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四九年分の所得税について、被告に対し、昭和五〇年三月一五日課税所得金額を一五万円、所得税額を三万円とする確定申告を、昭和五二年六月八日課税所得金額を九三万三〇〇〇円、所得税額を三七万三二〇〇円とする修正申告をそれぞれしたところ、被告は、昭和五二年八月三一日付で課税所得金額を三七三万三〇〇〇円、所得税額を一四九万三二〇〇円とする再更正及び過少申告加算税額を五万六〇〇〇円とする加算税賦課決定の各処分(以下「本件各処分」という。)をした。

2  原告は、これを不服として、被告に対し、昭和五二年一一月一日異議申立をしたが、被告は、昭和五三年一〇月五日付でこれを棄却する旨の決定をした。原告は、更にこれを不服として、国税不服審判所長に対し、昭和五三年一一月六日審査請求をしたところ、同所長は、昭和五五年三月二一日付で審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、同裁決書の謄本(以下「本件裁決書謄本」という。)は、同年五月一一日原告に送達され、原告は同日本件裁決があつたことを知つた。

そうして、原告は、同年八月一一日に本件訴を提起したが、同月一〇日は日曜日であつたから、本件訴は法定の出訴期間内に提起された適法なものである。

なお、再更正処分に対し異議の申立がなされた場合、税務署長は三か月以内に決定をすべきところ、被告は、原告の異議申立後一一か月も経過した後に至つて漸く決定をなした。このような被告の懈怠が不問に付され、原告のわずか一日の手続の懈怠の有無のみが不当に厳しく問われるのは、著しく手続的正義の観念に違背するものである。

3  しかしながら、本件各処分は違法であるので、第一項記載の再更正処分のうち課税所得金額九三万三〇〇〇円をこえる部分及び第一項記載の加算税賦課決定処分の取消を求める。

二  本案前の申立の理由

行政事件訴訟法一四条一項、四項によれば、取消訴訟は、審査請求に対する裁決があつたことを知つた日から起算して三か月以内に提起しなければならず、この場合右出訴期間は処分のあつたことを知つた日を算入して計算すべきである。

ところで、本件裁決書謄本は、昭和五五年五月一〇日原告に送達されているので、原告は同日右裁決があつたことを知つたものというべきである。

したがつて、昭和五五年八月九日の経過をもつて法定の出訴期間が満了したこととなり、同月一一日に提起された本件訴は、法定の出訴期間を徒過してなされた不適法な訴であるから、却下されるべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、本件裁決書謄本が昭和五五年五月一一日原告に送達され、原告が同日本件裁決のあつたことを知つたとの事実は否認し、その余の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

第三証拠 <略>

理由

一  本案の判断に先立ち、本件訴が行政事件訴訟法一四条所定の出訴期間を遵守した適法な訴であるかどうかについて検討する。

行政事件訴訟法一四条一項、四項によれば、取消訴訟は、処分又は裁決につき審査請求をすることができる場合において、審査請求があつたときは、その審査請求をした者については、審査請求に対する裁決のあつたことを知つた日から起算して三か月以内に提起しなければならないとされている。

そして、同条四項にいう「裁決があつたことを知つた日」とは、審査請求者が裁決書の謄本を受領するなどして裁決のあつたことを現実に知つた日を指すものと解すべきところ、審査請求者の住所に裁決書の謄本が送達された場合のように、裁決があつたことを事実上知りうる状態に置かれたときは、特段の事情のない限り、審査請求者は右送達がなされた時に裁決があつたことを知つたものと推定するのが相当である。なお、同項による取消訴訟の出訴期間の計算は、裁決のあつたことを知つた日又は裁決の日を初日として、期間に算入して計算すべきこと文理上明らかである(最高裁判所昭和五一年(行ツ)第九九号、同五二年二月一七日第一小法廷判決・民集三一巻一号五〇頁参照)。

ところで、出訴期間の遵守の有無は職権調査事項と解せられるが、本件記録によれば、本件訴が提起された日は昭和五五年八月一一日(同日が月曜日であることは裁判所に顕著な事実である。)であることが明らかであるから、出訴期間が遵守されていると認められるためには、原告が裁決のあつたことを知つた日は右訴の提起の日(同月一〇日が日曜日であることは裁判所に顕著な事実であるから、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法一五六条二項により期間の満了が一日伸長され、訴提起の日の前日が起算日となる。)から起算して遡つて三か月以内である同年五月一一日以降でなければならないところ、取消訴訟の提起の日から起算して遡つて三か月以内に裁決のあつたことを知つたことについての客観的証明責任は原告にあると解するのが相当である。

二  原告は、本件裁決書謄本は昭和五五年五月一一日に原告に送達され、原告は同日本件裁決があつたことを知つたと主張し、証人小林幸雄は、昭和五五年五月一〇日の日には、原告及びその家族全員が午前八時ころ外出して静岡県三島市にある原告の実家を訪問し、同日午後一一時ころ帰宅したので、同日の日中は家族全員原告方住所を留守にしていて不在であつた旨、本件裁決書謄本を封緘した書留郵便物(以下「本件郵便物」という。)は原告の夫である小林幸雄が同月一一日に受取つたもので、同人は受領後その日のうちに本件郵便物の封筒に受領の日を5/11と記載した旨供述し(なお、甲第三号証にも同趣旨の記載がある。)、なるほど甲第五号証(本件郵便物の封筒の写であることにつき当事者間に争いがない。)には、5/11と五月一一日を示すものと認められる記載がある。

しかしながら、昭和五五年五月一一日が日曜日であつたことは当裁判所に顕著であるところ、<証拠略>によれば、原告の居住する大野団地を配達区域とする座間郵便局においては、昭和四七年三月二六日以降昭和五五年五月一一日当時まで郵便物(速達扱いを除く。)の配達は年末年始を除き日曜日には行つていなかつたことが認められ、右事実並びに後記三1及び2に説示する各事実に照らすと、原告の前記主張にそう証人小林幸雄の前記供述及び甲第三号証の前記記載はにわかに信用することができず、甲第四、五号証の記載も本件郵便物が昭和五五年五月一一日に配達されたことを認める証拠とすることはできない。その他本件郵便物が原告に配達されたのが、昭和五五年五月一一日以降であると認めるに足りる証拠はない。

三  かえつて以下に認定する事実によれば、本件郵便物は原告の住所に昭和五五年五月一〇日に配達されたことを認めることができる。

1  <証拠略>によれば、原告の居住する団地内の書留郵便物の配達は、昭和五五年五月当時次のように行われていたことが認められる。

(一)  当日の午前一〇時ころ、原告の居住する大野団地を配達区域とする座間郵便局(以下「本局」という。)から本局の本務者が書留郵便物を、団地内の郵便作業室(集配所)に前送し、これを団地配達員である井上登喜子(以下「井上配達員」という。)が受領し、右井上配達員外一名の配達員が大野団地を二区域に分けて配達に出発する。

(二)  団地配達員が書留郵便物を配達したときは、受取人に郵便物に貼付してある配達証に受領印を押捺してもらい、郵便物を交付して、受領印に押捺した配達証を持ち帰る。不在等で配達できなかつたときは、名宛人方に不在通知書を差入れて置き、書留郵便物は配達員が持ち帰る。なお、受取人の依頼で配達員が受取人を代理して書留郵便物を受領し後日受取人に交付する場合もないではないが、かような場合には、配達証には配達員の受領印を押捺する。

(三)  右のようにして受取人又は配達員の受領印の押捺された配達証及び配達できなかつた書留郵便物は、その日の午後一時三〇分ころ、本局の本務者に返戻する。

(四)  本局では、受領印が押捺してある配達証を配達証日計表に、配達した日付を付して一括して保管する。

(五)  本局では、昭和四七年三月二六日以降、日曜日は年末年始を除き、速達扱い郵便物以外の郵便物の配達業務を休止している。

2  <証拠略>によれば、本件郵便物は、昭和五五年五月一〇日午前一〇時ごろ、団地内の郵便作業室(集配所)において、本局の本務者から団地配達員である井上配達員に交付されたこと、本局の当日配達されなかつた郵便物の引受局番号及び引受番号を記録する再配記録簿の昭和五五年五月一〇日の欄には本件郵便物の記載がないこと、本件郵便物の配達証は、右郵便局の昭和五五年五月一〇日の配達証日計表に編綴されていること、原告の住所地は井上配達員の配達区域であるところ、本件郵便物の配達証には、原告の姓と同じ小林の印影があること、井上配達員が原告から本件郵便物の代理受領を依頼されたことはないこと、井上配達員が原告と特に親しいわけではなく、原告の印鑑を預り、原告の便宜のため、配達証に押捺して書留郵便物を受領し、後日原告に該書留郵便物を交付するというようなことはないこと、配達証明書には本件郵便物が昭和五五年五月一〇日配達された旨記載されていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  本件訴が提起されたのは、前示のとおり昭和五五年八月一一日であることが明らかである。しかして本件裁決書謄本が同年五月一一日に原告に送達されたとの原告主張の事実を認めえないことは、以上のとおりであるところ、他に原告が本件裁決のあつたことを知つた日が、本件訴の提起の日の前日から起算し、遡つて三か月以内である同年五月一一日以降であると認めるに足りる証拠はない。

なお、原告は、被告の異議申立についての決定に関する期間懈怠を不問に付し、原告の一日の手続の懈怠の有無のみを厳しく問うのは手続的正義の観念に違背する旨主張するが、原告主張のように、一定の期間内に異議申立についての決定をなすべき旨の実定法上の根拠はなく(原告がその根拠とするものと推察される国税通則法七五条五項の規定は、異議申立をした日の翌日から起算して三か月を経過しても異議申立についての決定がないときは、決定を経ないで国税不服審判所長に対して審査請求をすることができる旨を定めるのみで、行政不服審査法二〇条二号、などの規定(なお、行政事件訴訟法八条二項一号参照)と同様に異議申立についての決定を経ずに審査請求をすることができることを規定しているにとどまり、処分庁に対し右期間内に異議申立についての決定をなすべきことを命じている規定とは解されない。)、原告の右主張はその前提を欠くばかりか、そもそも右主張は全く独自の見解で採用の限りではない。

五  以上の次第で、本件訴は行政事件訴訟法一四条一項、四項所定の出訴期間経過後に提起された不適法な訴であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき同法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川正澄 志田洋 竹内民生)

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